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孟子の性善説

2017.11.22(23:56) 1921

「性善説」という言葉は有名だと思いますが、これは、人間は何もしないで善人だという意味ではありません。

孟子が言っているのは、人間は善の兆しをもって生まれてきていますが、それを磨かなければ善にはならない、それを修養することによって聖人・君子となるということなのです。

言葉を代えますと、人は善の心の元をみんな持っているけれども、心を磨かなければダメなんだよ、善にはならないんだよということですね。

ところで、孟子が言った「善の兆し」とは4つあります(これを四端(したん)と言います)。

惻隠(そくいん)・・・あわれみの心。

羞悪(しゅうお)・・・不正を羞恥する心

辞譲(じじょう)・・・謙譲の心

是非(ぜひ)・・・正邪を判断する心


私はここで、羞悪について注目したいと思います。

戦前の「修身教科書 六年生」に次のような記述があります。

 「人が見ていないからといって、自分の良心の許さないことをしては、自分で自分の心を醜くすることになります。
我らはよく自分を慎んで、天地に恥じない立派な人にならなければなりません。」



自分が知っている人がいる場合はきちんとしている人でも、自分の知っている人が周りにいないときには、褒められないことをしていることはあるでしょうね。

あるいは、外では良い人ぶっていても、家に帰ったら家族に暴力を振るったり、横暴な人だったりする人もいるでしょう。

バレなければいいやと、労働基準法や税法を守っていない会社もあるのではないでしょうか。

結局、大事なことは、そうした行為を恥ずかしいと思えるかどうかなんです。

誰も見ていないからいいや、バレなければいいやではなく、自分の心が穢れていっていることを知らなけれなりません。

私たちは、心を磨いていくことによって人間らしくなっていくのだと思います。




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